明細書に必要な特許図面と、図面に基づく補正について解説します
出願書類における特許図面の位置づけ
特許出願においては、特許図面は必須の書類ではありません。特許法においても「願書には、明細書、特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付しなければならない。」(36条2項)と規定されており、必要でなければ図面を提出しなくても良いことは明らかです。
※条文太字部分筆者
しかし、出願書類に記載した技術を審査官や第三者に理解してもらうためには、図面を用いて説明をすることが非常に有効であり、機械、電気系の特許出願では、ほぼ全ての出願で図面が用いられています。
また特許出願における審査で拒絶理由が通知された場合には、図面に記載されている事項を根拠として補正をすることもあります。そのため、特許出願において図面は重要であると言えます。
なお化学系の特許出願では、技術の説明を実験データに基づいて説明することが多いため、図面を用いないこともあります。
米国出願においては
米国では、クレーム(特許請求の範囲)に記載する事項を図面でサポートすることが要求されています(米国特許法施行規則 1.83)。そのため、図面による技術の説明は必須となります。
特許図面の書き方ルール
特許図面の書き方については、特に形式面において、特許庁の定める様式があります(特許法施行規則様式第30)。規定されている主な様式としては、次のようなものがあります。
- 実線の太さを約0.4mm、引出線、点線、鎖線の太さを約0.2mmとする。
- 横170mm、縦255mm以内に収まるように作図する。
- 図中の符号にはアラビア数字を用い、その大きさは約5mm平方とする。
機械系明細書における特許図面のポイント
機械系明細書では、主に以下の説明をするために図面を用います。
【対象物の全体構成】
全体構成では、対象物の全体を記載した平面図や斜視図を主に用います。全体構成では、対象物の概要を主に説明するため、図面も概要が一通り記載されているものを用います。
【対象物の特徴部分の構成】
特徴部分の構成では、新規性・進歩性の根拠となりそうな部分について、詳細に記載された図面を用います。また、用いる図面としては、平面図や斜視図の他、部分拡大図や分解図などがあります。
【対象物の内部構成】
機械系明細書では、説明する箇所に応じて、内部構造の説明をすることが非常に多いです。このような場合には、断面図を用いて内部構造の説明をします。一例として、清掃道具の内部構造を示す分解図(特許第5039643号)を以下に示します。
【対象物の動作説明】
シリンダーやバルブなどのように、対象物が動く物である場合には、対象物の動作を図面で説明することもよく行われています。動作を説明する場合には、動作の中でポイントとなる位置(数か所)での対象物の配置を、図面で表すことが多いです。
電気系明細書における特許図面のポイント
電気系明細書でも機械系明細書と同様に、対象物の全体構成、対象物の特徴部分の構成を説明する必要があります。また電気系明細書では、これらの構成を説明するにあたり、信号のやり取り、送受信のタイミングなどを説明することが多いです。
信号のやり取りや送受信のタイミングの説明では、フローチャート、シーケンスチャート、タイミングチャートなどが用いられます。一例として、サーバ装置及び電子商取引方法における商品発注処理のフローチャート(特許第7191349号)を以下に示します。
図面に基づく補正について
次に、図面に基づく補正について説明します。
特許では、補正は原則として、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の範囲ですることが法律上認められています(特許法第17条の2第3項)。
逆に言えば、最初に添付した明細書等に記載した事項の範囲を超える補正(新規事項の追加)をすることはできないのです。
その一方で、特許審査基準には、図面の記載は必ずしも現実の寸法を反映するものとは限らないことも記載されています。ですから図面の寸法を補正の根拠とする場合には、願書に最初に添付した図面の範囲でない、と認定されるリスクもあります。
図面に基づく補正が認められた例
図面に基づく補正が認められた例として、スクリーン装置(特許第6114688)を紹介します。
このスクリーン装置の出願時の請求項1は、以下の構成を含む請求項です。
嵌合部(20)は、硬質の本体部分(22)と、弾性変形可能な弾性部分(23)とを有していて、本体部分に、スクリーン(11)の端部を係止させるための係止溝(24)が形成されると共に、係合部(15)が形成され、また、弾性部分は、嵌合溝(13)の内側に向けて凸形に湾曲した形に形成されていて、基端部が本体部分に連結されると共に、先端部が自由端として取付枠杆(10a-10d)の側壁内面に弾力的に当接し、弾性力によりスクリーンにテンションを付与する機能と、該スクリーンの端部を自由端(23b)と取付枠杆の側壁との間に挟持する機能とを有する。
一方で、本願には拒絶理由通知がなされ、この拒絶理由に対応するために、請求項1の嵌合部に対して以下の補正がなされています。
嵌合部(20)は、硬質の本体部分(22)と、弾性変形可能な弾性部分(23)とを有していて、本体部分に、スクリーンの端部を係止させるための係止溝(24)が形成されると共に、係合部(15)が形成され、また、弾性部分は、嵌合溝の内側に向けて凸形に湾曲した形に形成されていて、基端部が本体部分に連結されると共に、先端部が自由端として取付枠杆の側壁内面に弾力的に当接し、湾曲の度合いに応じて嵌合溝の内外方向に変位自在なるように形成され、係止溝に端部が係止するスクリーンが、弾性部分の凸形に湾曲した部分の外周から自由端の外面に沿うように巻き掛けられており、それによって該弾性部分が、凸形に湾曲した部分の弾性復元力によってスクリーンにテンションを付与する機能と、該スクリーンの端部を自由端(23b)と取付枠杆の側壁との間 に挟持する機能とを有し、
※太字部分筆者
そしてこの補正における、「湾曲の度合いに応じて嵌合溝の内外方向に変位自在なるように形成され」の事項は、明細書の段落[0029]の記載と図5-図10を根拠としています。しかし明細書の段落[0029]にはこれらの補正事項について具体的な記載はされておらず、図面に基づく補正がなされていることが分かります。
【0029】
このとき、前記スクリーン11は、左右方向の寸法を、左右の固定部材12c,12dの弾性部分23を互いに引き寄せて変形させる程度の寸法に形成しておくことにより、該弾性部分23が復元しようとするときの弾性力で該スクリーン11が左右両方向に引張されるため、該スクリーン11は、適度のテンションが付与されると共に、弛みや皺が生じない状態に張設されることになる。
本補正は認められ、無事に特許査定を受けました。
図面に基づく補正が認められなかった例
図面に基づく補正が認められなかった例としては、アルミラミネートチューブ容器(特開2010-83550)が挙げられます。
このアルミラミネートチューブ容器の出願時の請求項1は、以下の構成を含む請求項です。
前記バリアシート片の外周端面における内面樹脂層の層厚を、接合した前記ヘッド樹脂との間に、大きい溶着強度を得ることのできる値に設定した
一方で、本願には拒絶理由通知がなされ、この拒絶理由に対応するために、請求項1に対して以下の補正がなされています。
前記バリアシート片の外周端面における内面樹脂層の層厚を前記アルミ箔層の層厚より も厚くし、且つ前記内面樹脂層の層厚を50~500ミクロンに設定し
※太字部分筆者
この補正では、内面樹脂層の層厚を前記アルミ箔層の層厚よりも厚くしていることを図面に基づいて補正していますが、図面の記載が現実の寸法を反映していることを示唆する記載が明細書や他の図面に記載されていないため、この補正は認められませんでした。また、この補正を認めるか否かについては、拒絶査定不服審判でも争われましたが、覆ることはありませんでした。
外国でも補正は認められるか
図面に基づく補正の認められやすさは、日本と外国で異なります。
米国では、図面に基づく補正は日本よりも認められる傾向にあります。一方で、欧州や中国では、図面に基づく補正は日本よりも認められにくい傾向にあります。
特許から意匠への変更でも図面は重要
特許から意匠への変更は、特許出願時の明細書、特許請求の範囲、図面の範囲内で認められています。そのため、意匠への変更の可能性がある場合には、特許出願の段階で、六面図や斜視図を用いて技術の説明をすることが好ましいです。
実例
特許から意匠への変更で認められた例として、特許4418382号(角度調整金具)における特許査定において意匠登録出願への変更をし、意匠登録(角度調整金具用浮動くさび:意匠登録1379531号)を受けた例があります。
本特許から意匠への変更をするためには、意匠出願と図面に記載した事項が、特許出願の際、最初に記載されていた明細書や図面に記載されていることが要求されます。本件では、意匠登録を受けたくさびが板状であったこともあり、特許出願の際に記載されていた平面図に基づいて、出願変更が認められました。
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特許事務所に勤務している弁理士です。中小企業のクライアントを多く扱っています。特許業務が主ですが、意匠・商標も扱います。