「審査官は、出願人と一緒に特許を創る相手」特許庁審査官・平井隼人氏【インタビュー】

日本の知的財産の総本山・特許庁

弁理士や知財部の立場からすると、出願を審査する/されるという、ある種対立しているかに見える関係の機関ですが、実際のところ審査官の方々はどんなことを考えて日々審査をしているのでしょう。

また特許庁といえば「ホワイト企業」としてもよく名前が挙がります。特許庁への入庁を考えている人にとっては、転職理由や仕事のやりがい・大変さ、働きやすさなども気になるのではないでしょうか。

今回は知財部から特許庁へ転職された特許審査官の方に、色々なお話を伺ってきました。

【今回お話を伺った方】

特許庁 審査第一部アミューズメント審査官

平井隼人氏

ゲームが大好き!という審査官・平井氏

――本日はよろしくお願いします。早速ですが、簡単に自己紹介をお願いできますか?

平井氏(以下、平井):よろしくお願いします。

私は2017年に任期付の特許審査官補として入庁し、審査第一部アミューズメントという遊技機、主にパチンコ、の特許審査を行う審査室に配属されました。

そこから2019年に特許審査官に昇任し、現在も同審査室で特許審査を行っています。

――今は遊技機の特許審査をされているとのことですが、学生時代はどんなことを専攻していましたか?

平井:元々ゲームが大好きだったのでゲームプログラマーになりたくて、情報工学系の大学へ入学し、主にプログラミング、C言語やC++、Javaなどを学んでいました。

また父親が発明家ということもあって、実家に特許関係の本が多くあったのですが、高校3年生の頃に父親から知財に関する話を聞き、その頃から知財について興味を持ち始めました。

大学では自主的に知財の勉強もしており、最終的には弁理士試験に合格することを目標に、例えば知的財産検定(現:知的財産管理技能検定)2級等の知的財産権関連の資格を取得しました。

なので大学時代は、プログラミングを学びつつ趣味で知財を学ぶといった感じで過ごしていました。

――発明家のお父様のお話が知財の入口とのことですが、どういった部分が「面白い!」と思ったのですか?

平井:父が色んな発明をしているのは知っていましたが、「特許出願したら1年半後に公開され、設定登録後は出願から20年まで排他的な独占権が与えられる」といった仕組みは全然知らない状態でした。

ですが発明者や発明をちゃんと保護する仕組みがあるんだ!ということが分かって、しかもそれが法律としてきちんとできている点にすごく感動した思い出があります。

実際に特許法などを見てみると、新規性や進歩性、先願など、細かいところまで手当してある条文が多く、条文を学ぶたびに「すごくよくできているな」と思ってどんどん興味を持っていきました。

卒業後はゲーム会社の知財部へ

――卒業後はすぐに特許庁へ入庁したのですか?

平井:いえ、ゲームが大好きだったので、学部卒でゲーム会社に入社しました。

当時は色んなゲーム会社が知的財産権部の募集をしていたのですが、大学での勉強や父親との会話を通じて、就職活動の際にはプログラムよりも知財に対して強く興味を抱いている状態でしたので、知的財産権部を希望しました。

ただ当時、知的財産権部というのは、一旦開発部を経験してから行った方が良いという風潮があったので、学部卒でそのまま知的財産権部に行くのは少し迷いましたが、今となっては好きな知財の世界に早く飛び込むことができて正解だったと思っています。

――知財部時代はどんなお仕事をされていましたか?

平井:ゲーム会社では丸9年間、知的財産権部特許チームで仕事しており、本当にいろいろな業務を行いました。発明発掘、調査、出願、権利化、社内教育関連業務を中心に、係争や知財戦略の策定業務にも関わることがありました。

ソーシャルゲームを扱うグループ会社があったのでソーシャルゲーム関連の知財戦略を策定したり、自らが発明者となることもありましたよ。

なかでも調査は、宝探しをしている感覚があって結構好きな業務の一つでした!

色々なセミナーに参加したり本を読みあさったりして、特許文献の調査手法を体系化した社内調査マニュアルを策定し、それが本当に通じるものかを確認するために先輩と特許検索競技大会に積極的に参加したこともあります。

また当時は、攻略サイトや動画サイトといった形で、 Web上に情報があふれ始めていた時代でした。

特許公報だけでは調査範囲が不足していることは明らかで、先行技術調査や無効資料調査に全然対応できない現状があったので、Web検索ならではの手法を模索し、ひたすらWeb検索して調査することもありました。

特許庁に入庁したきっかけ

――何がきっかけで、ゲーム会社から特許庁に転職されたのですか?

平井:会社員時代に弁理士試験に合格したときの話になるのですが、合格発表をきっかけに今後のキャリアを考えていた時に、ちょうど特許庁が任期付の特許審査官補の募集を行っていることを知りました。

出願人の立場からすると、審査や審判に対する疑問など、思うところがいっぱいあります。

また特許庁の任期付審査官補は、毎年募集されている訳ではありません。過去には数年間募集が行われなかったこともあります。

ゲーム会社に所属したまま社内弁理士となるか、特許事務所に転職するか、等色々考えましたが、「特許庁に入庁して、出願人にとっての向こう側(特許庁側)の視点を得る」という経験は、そもそも転職を考えるタイミングと募集のタイミングが合わなかったら実現できないことです。

当時は30歳だったので、一度特許庁に入庁してから弁理士としての活動を始めても遅くはなさそうだ、特許庁に入ったほうが色々と今後の自分のためになるのではないか、とも考え、応募を決めました。

これが一つ目のきっかけです。

――ということは、ほかにも入庁を決めたきっかけが?

平井:はい。先ほど申し上げたとおり、調査については、Webに情報があふれ始めていた時代でした。

私自身の持っている調査ノウハウを活用できれば、特許庁での審査の質向上に貢献できるのでは、という使命感に駆られたことも、入庁を決めた理由になります。

知財部時代のキャリアについて

――知財部時代、なにかキャリアの悩みなどはお持ちでしたか?

平井:転職前は目の前の、仕事と弁理士試験合格に集中していて、キャリアについて考える余裕はなかったです。

試験合格後にキャリアのことを考えたときも、ちょうど任期付の特許審査官補の募集締め切り間際だったのですぐに決断する必要があり、悩んでいる時間はありませんでした。

私は元々、これだと決めたらあまり他のことに見向きしないタイプです。結果論かもしれませんが、自分で決めた高い目標に突き進んでいたことで、キャリアについて余り悩まずすんだかなと思います。

強い特許になるよう、審査官が日々意識していることは

――ここからは、審査官のお仕事関係のお話を伺いたいと思います。

平井:よろしくお願いします。

――特許権は差止請求ができたりと、強力な権利です。その分、特許出願を審査する審査官の仕事も責任が重いと思いますが、仕事中はどんなことを意識されていますか?

平井:審査官の仕事は、簡単にいうと①技術(発明)を理解し、②調査し、③拒絶理由がないか検討し、④出願人の皆様に納得していただけるように審査結果を書面化してお伝えする、という業務です。

この一つ一つの審査案件について、それぞれのステップを妥協することなく取り組むことを意識しています!

それぞれのステップは密接に関連しているので、一つでも内容が不足しているステップがあると、その後のステップもどんどん崩れていってしまいます。

発明の理解があやふやだと、結果的に調査もあやふやなものになってしまいます。また、発明をしっかり理解していたとしても、調査が不足していれば、特許になったとしてもそれは強い特許とは言えません。

結果的には特許庁が公表している特許審査に関する品質ポリシーである「強く・広く・役に立つ特許権を設定します」という基本原則にも適合しなくなってしまいます。

あとは知識の共有という点も、すごく意識をしています。

――知識の共有、ですか?

平井:はい。一つの審査室には、同じ技術分野を審査している審査官がたくさん配属されています。

隣の審査官がすごく似た発明の審査をしていることはよくありますし、自分自身の審査ノウハウや技術知識を共有することは、他の審査官にとって直接的に役立ち、ひいては審査室全体、特許庁全体の審査の質向上につながることです。

ですから自分自身の中で審査ノウハウや技術知識を閉じることなく、定例会議やコミュニケーションツールを利用して積極的に情報発信・情報吸収をするようにしています。

新しい仕組みが登場したり技術が移り変わったりしていくと、それに伴っていっぱい特許出願されますので、そういった情報をキャッチアップしていく必要があり、日々情報収集をしています。

審査官の仕事は〇〇がやりがい!

――ズバリ、審査官の仕事のやりがいはなんですか?

平井:審査官は、最終的に自らの判断で審査結果を導き出し、出願人の皆様に発送される書面にも自分自身の名前が掲載されます。そうやって、自分自身が特許庁としての一端を担っていることがしっかり感じ取れるところにやりがいを感じます!

逆にいうと、それだけ責務を負うということですので、先ほど申し上げたとおり、一つ一つの審査案件について、それぞれのステップを妥協することはできません。

また日頃から最新の技術情報をキャッチアップしていると、その時々の技術水準というものが把握できます。

例えば2020年の特許出願を審査する場合、当時の技術水準を既に把握しているので、すぐ発明のポイントを理解でき、引用文献となり得るであろう先行技術をすぐにイメージできるときがあります。

そのポイントに対応したサーチをしたり拒絶理由を書いたりできると、出願人の意図に沿った、的確な審査ができたと実感できるので、やりがいを感じます。

――逆に、審査官の仕事が大変だと感じるのはどんな時ですか?

平井:各審査官は、月に審査案件を何件処理しなければならないといった審査処理目標というのが設定されているので、一つの審査案件に対して無制限に時間を使うことはできません。

また、審査以外の審査周辺の業務もあります。

発明って新しい技術のことですから、技術の理解にもどうしても一定の時間がかかります。

難しい審査案件が集中してしまった月は、それらの審査を月内に終わらせないといけないので大変さを感じることがあります。

ただ、大変さよりも新しい技術に多く出会える楽しさを感じることのほうが多いですよ。

あと庁内には、審査官を取り巻く環境の変化に適応していくことが大変だ、という声もあります。

新しいサーチツールの習熟やペーパーレス審査への移行、テレワーク、フリーアドレスの導入、特許審査プロセスにおける徹底した効率化…。

次々と変化する環境へ適応するのは自然にできるものではなく、各自が「意識的に変化」していく必要がありますので、その点は少し大変さがある部分でしょう。

特許庁は実際働きやすい職場なのか?

――特許庁といえば、いわゆる「ホワイト企業」としても良く名前が挙がりますが、実際働いていて、どう感じますか?

平井:働きやすさという面については、もう本当に素晴らしいと思っています!

――具体的には、どんな部分が良いなと思っていますか?

平井:各審査官は基本的に独立して審査を行うため、一般的な民間企業に比べて、ミーティングの数はとても少ないと思います。

また、審査処理目標は「月単位」で定められております。言い換えると、月末までに仕事量を調整しきれば良いので、例えば月初は審査周辺業務に集中する期間、といった月単位でのスケジュールを組むことができて、仕事の進め方の自由度がとても高いと思います。

――働きやすさ、といえばフレックスタイム制やテレワークが代表例ですが、この点はいかがでしょう。

平井:勤務段階は色々と選べ、例えば早いと7時~15時45分勤務、遅いと10時~18時45分勤務といったふうに選択できます。フレックスタイム制度を利用して、その時々で働く時間を決める方も多いですね。

テレワークは現在、原則週2回まで可能です。

私は共働きで小さい子供が保育園に通っているのですが、テレワークの日は通勤の時間がありませんので、その時間を利用して子供の送り迎えを担当することもあります。子供が急な体調不良で保育園から呼び出されることもありますが、1時間単位で利用できる時間休を利用して私がお迎えに行くこともあります。

――「特許庁のここは働きづらい!」と感じることはありますか?

平井:働きにくさは、正直一つしかないと思っています。

審査官は、どうしても一人で集中して仕事をする時間が必要なので、一人で黙々と仕事を進めるのが苦手な方はコミュニケーションの少なさといった点では働きにくさを感じてしまうかもしれません。

ただ、最近はTeams®のようなコミュニケーションツールが積極的に活用されていたり、フリーアドレスの導入があったりしますし、案件の相談をしたら快く受けてくれる審査官ばかりなので、自分自身の行動によってコミュニケーションの少なさは解消できると思います。

知財部と特許庁は圧倒的に「知財人口」が違う

――一般企業の知財部と特許庁を経験されて、どんな部分が違う!と感じますか?

平井:2つありまして、1つ目はやっぱりミーティングの量とそれに伴う休みの取りづらさです。

知財部時代はめちゃくちゃミーティングの数が多くて、朝9時から夜6時まで5件のミーティングをやる日があったりしました。それでなかなか休みが取れず、結構大変な部分がありました。

今はかなりいいワークライフバランスが取れていますし、入庁後に子供が生まれた時もすごく良かったなと感じました。

特許庁は男性の育休取得も推奨しているので、私も育休を取りました。妻に寄り添えて、育児もすごくできたので、本当に良かったなと思っています。

――2つ目もぜひ教えてください!

平井:民間企業は知財部の人数が限られているので、知財が好きな私は、色んな人と知財の話をしたいのですが、やっぱり限界があります。

でも特許庁には知財に関わる人たちが沢山いるので、色々な人と知財の話ができるし、知財好きにとってはたまらないぐらい色々情報が入ってきます!

実務的なことも学術的なことも、本当に日々勉強になっていて知財への知見が深まっていっています。

もちろん自分で情報を取りに行ったり、勉強会に参加したりと自主的に動く必要はあります。ですが民間企業の知財部だと情報を取りに行くにも限度があるところ、特許庁は各種案内が次々と来るので、そこは大きな違いだと思います!

最後に、メッセージをお願いします!

――最後にひとこと、メッセージをお願いします。せっかくの機会なので、弁理士や知財部員の方と、審査官志望者の方、それぞれに一言頂戴したいと思います!まずは弁理士や知財部員の方に向けて一言、お願いできますか?

平井:2021年度から特許庁において取り組んでいる特許審査イノベーションでは、基本的施策の一つとして「ユーザーとの特許権の共創」を掲げています。

例えば拒絶理由通知は、「書面」での「拒絶」との性質上、どうしても出願人の皆様には冷たい表現に感じられることもあるかもしれませんが、出願人の皆様にとって審査官は「敵」ではなく、審査官も出願人の皆様を「敵」とは思っていません。

審査官の判断に対して確認したいことや伝えたいことがありましたら、出願人の皆様は積極的に審査官に連絡をとっていただき、「共創」していけたらと思っています!

――では審査官志望者の方に向けても、メッセージを頂ければと思います。

平井:審査官の仕事は、技術と法律を融合したとても面白い仕事だと思っております。技術も法律も好きな方にとってはとても楽しく仕事ができると思います。

またなんといっても、特許審査官は1,700人弱もいるわけで、こんなにも日々多くの方々と「知財」を共通言語として会話ができる環境は他にありません。

そして、特許庁内には仕事に対するモチベーションが高い方も多く、お昼時間や業務時間後の時間を利用して、有志の勉強会がたくさん開催されています。知財が好きな私にとっては面白い勉強会が盛り沢山なため、時間がとれる限り積極的に参加して、日々知見を深めております。

審査官として入庁されたなら、ご自身の持つ知識やノウハウを遺憾なく発揮していただき、楽しく仕事していただきつつ、特許庁を盛り上げていただけることを期待しております!

――平井様、本日はお忙しい中ありがとうございました!

【今回お話を伺った方】

特許庁 審査第一部アミューズメント審査官

平井隼人氏

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