特許明細書の読み方、コツはある?【現役弁理士解説】
特許明細書の読み方
特許明細書を読む場面としては、大きく2つのタイミングがあります。
- 特許明細書に書いてある技術を把握する(特許明細書を先行技術文献として利用する)
- 特許権の権利範囲を把握する(特許明細書を権利書として利用する)
どちらの目的で特許明細書を使うかによって、明細書の読み方は異なります。そこで今回は、次の事例をもとにして、両者の読み方のコツについて、説明します。
今回取り上げる特許明細書の例
特許請求の範囲に記載されている事項
【請求項1】断面が多角形の形状を有する鉛筆
明細書に記載されている事項
【背景技術】従来の鉛筆は断面が円形であるため、机に置いたときに転がりやすい。
【発明が解決しようとする課題】机に置いたときに転がりにくい鉛筆を提供する。
【発明の効果】鉛筆の断面と机とが面接触するため、机に置いたときに転がりにくい。
【発明を実施するための形態】と【図面】断面が正六角形である鉛筆、断面が正四角形である鉛筆、及び断面が正三角形である鉛筆が記載されている。
先行技術文献としての特許明細書の読み方
特許明細書を先行技術文献として利用するのは、たとえばこちらのシーンです。
- 特許出願をする技術が新規性・進歩性を有するか否かを、調査する場面
- 拒絶理由通知で、新規性・進歩性違反が指摘された場合に、引用文献を読む場面
- 特許に新規性・進歩性違反による無効理由があるか否かを、調査する場面
このような場面では、明細書に記載されている技術を把握するための読み方をしましょう。
ステップ1:特許請求の範囲は、いったん読み飛ばす
特許明細書の冒頭の方に書いてある特許請求の範囲は、まずは読み飛ばしましょう。
特許請求の範囲は、特許権の権利範囲をなるべく広くするため、ある程度抽象化・一般化された形で書かれていることが多いです。ですから特許請求の範囲を読んだだけでは、何について書かれているのか理解しにくい、ということもあります。
今回の事例では…
特許請求の範囲は「断面が多角形の形状を有する鉛筆」ですから、断面形状には正六角形、正方形、正三角形のほか、長方形や台形、直角三角形なども含まれます。
しかしこれらのうち、どの鉛筆が先行技術として取り上げられているか、については明細書の他の箇所を読まないと分かりません。
ですから最初に特許請求の範囲を読む必要はないのです。
ステップ2:背景技術から発明の効果までを読む
先行技術文献として明細書を読むなら、まず前半部分の【背景技術】【発明が解決しようとする課題】【課題を解決するための手段】【発明の効果】に注目しましょう。
背景技術から発明の効果までを読むことで、明細書に記載されている技術の概要をつかめます。
それぞれのトピックには、以下のような内容が書かれています。
【背景技術】
→発明の属する技術分野において、出願する発明が完成に至るまでの背景があったのか(どのような従来技術があり、どのような課題があったのか)
【発明が解決しようとする課題】
→従来の技術で解決されていなかった課題であって、出願予定の発明が解決しようとしている課題
【課題を解決するための手段】
→課題を解決するための手段。多くの明細書では、特許請求の範囲の内容がそのまま転記されている
【発明の効果】
→特許請求の範囲(特に請求項1)に記載されている事項から得られる効果
今回の事例では…
背景技術から発明の効果までを読むことで、
- 従来の鉛筆は断面が円形であるため、机に置いたときに転がりやすい
- そこで鉛筆の断面を多角形状とし、鉛筆の断面と机とを面接触させることで、机に置いたときに転がりにくい鉛筆にした
ということをつかめます。
ステップ3:図面、発明を実施する形態、特許請求の範囲を読む
技術の概要を理解した後は、【発明を実施する形態】と【図面】、そして読み飛ばした【特許請求の範囲】を読むことで、特許を受けようとしている技術の、詳細な構成と動作を知ることができます。
【図面】と【発明を実施する形態】には、特許を受けようとする技術の詳細が記載されています。
また【特許請求の範囲】には、記載されている技術のなかでも要となる技術が説明されています。
今回の事例では…
【図面】と【発明を実施する形態】に、断面が正六角形である鉛筆、断面が正四角形である鉛筆、及び断面が正三角形である鉛筆が記載されています。
また、特許請求の範囲には、断面が多角形の形状を有する鉛筆が記載されています。
そのため従来技術から発明の効果の内容も踏まえると、こんなことが分かります。
- この明細書には、断面を正六角形、正四角形、正三角形にした3種類の鉛筆が記載されていて、これらの形状を多角形として一般化している
- 多角形の断面形状にすることで、机に置いたときに転がりにくくなるという技術が開示されている
特許権の権利範囲を知るための読み方
特許明細書を権利書として利用する場面として、自社製品が特許権を侵害しているか否かを、調査するときがあります。
このときは、特許請求の範囲に記載されている事項から特許権の権利範囲を把握する必要がありますが、その前に、特許権の存続有無について確認する必要があります。
事前準備:権利が存続しているか否かを確認する
自社製品が特許権を侵害するか否かを調査する際は、まず特許権が存続しているか否かを確認する必要があります。
特許権の存続については、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で対象となる特許を検索し、画面右上の“経過情報”をクリックすることで、確認できます。
確認した結果、特許権が既に消滅しているなら、自社製品の実施は特許権の侵害となりません。一方で特許権が存続している場合には、以下の流れで、対象特許の権利範囲を確認します。
特許権の権利範囲は、どのようにして確定される?
特許権の権利範囲は、特許請求の範囲に記載されている事項によって定められます。そして特許請求の範囲で書かれている事項=用語は、特許明細書に記載されている内容を考慮したうえで解釈されます。
ステップ1:まずは、背景技術から発明の効果までを読む
最初は明細書に記載されている技術の概要を知るために、【背景技術】~【発明の効果】を読みます。
【背景技術】~【発明の効果】に書かれている内容からは、発明の課題についても読み取れます。発明の課題は、この後、特許権の権利範囲を定めるときに必要な情報です。
今回の事例では…
- 従来の鉛筆は断面が円形であるため、机に置いたときに転がりやすい
- そこで、鉛筆の断面を多角形状とし、鉛筆の断面と机とを面接触させることで、机に置いたときに転がりにくい鉛筆にした
ということが背景技術から発明の効果までに記載されています。
ですから特許請求の範囲の文言上、権利範囲に含まれる可能性のある鉛筆を実施した場合であっても、机に置いたときに転がりにくいという課題を解決するものでない鉛筆については、特許権の権利範囲に含まれず、特許権の侵害とならない可能性があります。
ステップ2:特許請求の範囲を読む
背景技術や課題を踏まえつつ、特許請求の範囲に書かれている用語の意味を読み解いて、特許権の権利範囲を確定させていきます。
自社製品が特許請求の範囲に記載されている事項を全て満たしている場合には、自社製品の実施は特許権の侵害となります。
今回の事例では…
特許請求の範囲には“断面が多角形の形状を有する鉛筆”と記載されています。
この「断面」には、鉛筆の芯に沿った断面や、鉛筆の芯に対して垂直に切った断面があります。ただ、転がりにくいという課題を解決していることから、「断面」とは鉛筆の芯に対して垂直に切った面であると解釈できます。
ステップ3:特許出願~特許取得までの経過を確認する
権利範囲を確定させるときは、特許取得までの経緯もチェックする必要があります。
たとえば特許出願から特許取得までの間には、拒絶理由が通知され、この通知に対応して、補正書や意見書を提出していることがあります。
この場合には、補正の内容や意見書で主張した内容も踏まえたうえで、特許請求の範囲の用語の持つ意味を決めなければ、特許権の権利範囲を読み違えてしまうかもしれません。
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特許事務所に勤務している弁理士です。中小企業のクライアントを多く扱っています。特許業務が主ですが、意匠・商標も扱います。