弁理士になるための最終関門 実務修習について

弁理士の実務修習とは

弁理士の実務修習とは、弁理士登録をするために義務付けられている研修です。

つまり弁理士試験に合格したからといって、すぐに弁理士として活動できるわけではないのです。

研修には集合研修とe-ラーニング研修があり、両方を受講しなければいけません。また、集合研修では、受講前に課題に対する起案(明細書、補正書、意見書などの原案)を提出する必要があります。

実務修習の受講対象者はこちらの通り。

  • 弁理士試験に合格した者
  • 弁護士となる資格を有する者
  • 特許庁において審判官、審査官として審判、審査の事務に従事した期間が通算して7年以上になる者

以前は、実務修習はなかった

2007年まで実務修習は行われておらず、弁理士試験に合格すればすぐに弁理士登録ができました。

実務修習がスタートしたきっかけは、2002年の弁理士試験。多様な人材を弁理士として迎え入れるため、論文式試験の簡素化・一部免除等を開始しました。

この試験の簡素化により、実務能力の不足している弁理士や、条約に関する知識の不足している弁理士が増加しているというとの指摘が有識者からなされました。

受けないのはNG。実務修習の義務化

この指摘を受けて、弁理士登録前に弁理士にとって必要な能力を備えていることを担保するための実務修習が2008年に義務付けられました。

そのため現在は、実務修習を受講し修了しなければ弁理士登録をすることができません。

課題の再提出・不合格もありえる

課題の起案は、集合研修の課目ごとに提出する必要があります。

提出した起案は、講師により採点されます。

不十分であると判断された場合には、再提出をしなければいけません。全ての起案が合格しないと実務修習は修了できないため、再提出となった場合には、必ず期限内に提出する必要があります。

起案の再提出は、受講課目やコースによって多少のばらつきがありますが、だいたい2割から3割の起案が再提出になるようです。ただし再提出の場合には、講師が合否のポイントなどを教えてくれることが多いです。

筆者も再提出の経験あり

ちなみに私も、商標の審査対応・演習で再提出をしました。

再提出となった理由は、4条1項11号の拒絶理由に対する応答で、引用商標”DRAGONFLY”と本願商標”DRAGON FLY”の類否の検討が不足しているというものでした。講師からは、再提出の際に、”DRAGONFLY”の観念と”DRAGON FLY”の観念が違うということを教えていただいた記憶があります。

起案の再提出をなるべく減らすコツとしては、起案で作成する書類の書式面を特に間違えないようにすることがあります。

書式面の間違えは、起案と共に送られてくるテキストを読むことで防げます。

実務修習の申請・費用

実務修習を受けるためには、日本弁理士会に申請をしなければいけません。

実務修習の申請は、弁理士試験に合格した後、約1~2週間後に行えます。この申請期間を逃すと、その年の実務修習が受講できなくなるため、注意が必要です。

万が一申請期間を過ぎてしまった場合は、翌年度以降に実務修習の申請をすることが可能です。

また実務修習の費用は、118,000円(令和5年度)です。

ちなみに勤務先(特に特許事務所)によっては、実務修習の費用の一部を負担してくれる場合もあるので、あらかじめ勤務先に相談・確認することをおすすめします。

実務修習のスケジュール

一般的な弁理士試験の合格発表から実務修習までのスケジュールは、おおよそ以下のようになっています。

ただし2020年度と2021年度は、新型コロナウイルスの影響で弁理士試験の日程が例年と異なっているため、実務修習のスケジュールも変則的な日程になっています。

今後もスケジュールが変則的になる可能性があるので、弁理士試験に合格したらこまめにHPを確認しましょう。

【令和5年度 実務修習のスケジュール】

弁理士試験の合格発表11月9日
実務修習の申込期間11月13日~11月21日
e-ラーニング研修の配信期間12月8日~2月29日
起案提出期限対応する集合研修の3週間前から1ヶ月前
集合研修1月中旬から2月中旬 ※コースにより研修日は異なる

苦労しがちなポイント

実務修習で苦労しがちなポイントとしては、大きく2つがあります。実際に実務修習を受けた筆者からのアドバイスも併せて確認してください。

  • 起案の提出スケジュールが厳しい
  • e-ラーニング研修を全て受講するのに時間がかかる

1.起案の提出スケジュールが厳しい

起案は、受講する課目のオンライン研修よりも前に提出することが決められています。

オンライン研修は週1~2回行われるため、起案の提出もそれに合わせて週1~2回しなければいけません。

起案作成の内容は、明細書の作成と補正書・意見書の作成がメインになります。起案の作成には、かなりの時間(明細書の作成で約20時間、補正書・意見書の作成で約10時間)を要するため、平日の夜や休日は起案の作成に追われることになります。

2.e-ラーニング研修を全て受講するのに時間がかかる

e-ラーニング研修は、全部で約50時間ほど受講する必要があります。

しかし起案作成や、オンライン研修と重複している時期は、e-ラーニング研修を受講することが難しいため、研修の修了期間ギリギリにまとめて研修を受けることになりがちです。

働きながらでも実務修習は受けられるのか

実務修習ですが、受講生の約9割が働いている方になります。実際、弁理士試験の最終合格者のうち約9割が勤務している人です。

このような事情があるため、実務修習は平日夜コース、平日昼コース、連続5日間コースのいずれかを選択するスタイルになっています。

ですから働きながらでも、十分実務修習をこなせるでしょう。

参考:令和3年度弁理士試験最終合格者統計

実務修習の内容

実務修習には集合研修とe-ラーニング研修があります。ちなみに令和5年度の集合研修はZoomによるオンライン研修です。

オンライン研修

オンライン研修では、受講生の提出した起案を講師が添削したうえで修正すべき点等を盛り込む、という研修が行われます。

内容としては、大きく分けると「特許」「意匠」「商標」の3つです。7日間かけて3分野7課目について研修していきます。

特許

  • クレーム(特許請求の範囲)の作成・解釈
  • 明細書のあり方・演習
  • 審査対応・演習

クレーム(特許請求の範囲)の作成・解釈ですが、文系の研修生もいるため、技術を理解しやすい日用品をテーマにする傾向があります。

明細書のあり方・演習では、機械・電気・化学のいずれか1つを選択したうえで、明細書作成の演習をします。

審査対応・演習では、機械・電気・化学のいずれか1つを選択したうえで、中間処理の演習をします。

意匠

  • 出願手続・演習
  • 審査対応・演習

出願手続・演習では、その名の通り出願書類作成の演習をします。この演習では、意匠の出願書類における願書に記載する事項や、六面図以外で記載すべき図面等について学びます。

審査対応・演習では、中間処理の演習をします。この演習では、意匠の類否における論の組み立て方を中心に学びます。

商標

  • 出願手続・演習
  • 審査対応・演習

出願手続・演習では、出願書類作成の演習をします。

審査対応・演習では、中間処理の演習をします。商標の場合、自他商品等識別力に関する主張、引用商標との類否等の拒絶理由によって、その要件が異なるため、要件の違いを考慮した意見書の書き方について学びます。

e-ラーニング研修

e-ラーニング研修では弁理士として実務をする際に要求される5つの内容について、広く学びます

  • 弁理士法・職業倫理
  • 特許・実用新案
  • 意匠
  • 商標
  • 条約その他

トータルで50時間ほどかけて、弁理士が遵守すべき義務や倫理、そして実務に関する講義を受けていきます。

研修内容総受講時間学ぶこと
弁理士法・職業倫理約8時間弁理士法
弁理士倫理
弁理士法概論
特許・実用新案約15時間PCT出願
明細書のあり方
審査基準
クレームの作成・解釈
審査対応
意匠約8時間ハーグ出願
出願手続
審査対応
審査基準
類否判断
商標約9時間情報調査
マドプロ出願
出願手続
審査対応
審査基準
類否判断
条約その他約9時間知的財産権に係る施策
出願手続(オンライン出願・願書の様式)
条約
審判

起案の提出

起案は特許で3個、意匠で2個、商標で2個の合計7個提出します。提出した起案が合格基準に達していない場合には、再提出になります。

再提出する割合は課目によって異なりますが、多い課目では提出者の3割ほどが再提出となります。

分野課目
特許クレームの作成・解釈
明細書のあり方・演習
審査対応・演習
意匠出願手続・演習
審査対応・演習
商標出願手続・演習
審査対応・演習

なお特許の「明細書のあり方・演習」と「審査対応・演習」では、機械・電気・化学のいずれか1つを選択して、起案を提出します。

免除制度

免除制度はその名の通り、条件を満たす場合に一部の課目について、受講の免除を申請できる制度です。

この免除制度は、勤務先や弁理士になる資格の取得方法によって変わります。

1:弁理士試験の合格によって弁理士になる資格を取得した者

  • 特許事務所勤務の場合→5年以上の実務経験のある課目1つが免除申請できる
  • 企業勤務の場合→弁理士が代理していない場合には、3年以上の実務経験のある課目1つ。弁理士が代理している場合には5年以上の実務経験のある課目1つが免除申請できる

2:弁護士となる資格を有する

  • 実務経験の年数に関わらず、弁理士法・職業倫理以外の課目を免除申請できる

3:特許庁において、審判官、審査官として審判、審査の事務に従事した期間が通算して7年以上になる

  • 従事していた課目1つについて受講免除を申請できる

ちなみに受講の免除が認められた場合であっても、受講料は全員統一で118,000円となります。

現役弁理士からのアドバイス

実務修習に関するアドバイスとして、以下の2点を送ります。

1.オンライン研修までにe-ラーニング研修を進めておく、終わらせる

私自身、2011年の実務修習を経て弁理士になりました。当時の研修内容は、e-ラーニング研修と集合研修です。

私の場合、e-ラーニング研修については、集合研修の開始前から進めていました。しかし集合研修が始まってからは、起案の作成と集合研修への参加でめいいっぱいになり、e-ラーニング研修を受講できませんでした。

そのため、期限間際に条約その他の講義をまとめて受講することになりました。

2.実務修習で学ぶことはあくまで弁理士としての入口である、という自覚を持つ

実務修習では特許、意匠、商標、条約、弁理士法など様々なことを学びますが、これらのことは、あくまで実務をする上での入口に過ぎません。

クライアントの要求に答えるためには、実務修習で学んだことをきっかけとしてさらに勉強し、先輩方からの指導を受ける必要があります。

常に勉強し続けるという姿勢を忘れることなく、実務修習と、弁理士としての仕事を頑張ってください。

実務修習に合格した後の流れ

実務修習に合格することで、弁理士登録ができるようになります。

弁理士登録時には、日本弁理士会に郵送提出する書類が数多くあり、その中には、役所でもらう書類もあります。

必要な書類

弁理士登録には、所定の書類を日本弁理士会に郵送する必要があります。郵送する書類は以下の通り。

  • 弁理士登録申請書
  • 登録免許税領収証書(60,000 円)の原本
  • 住民票
  • 弁理士となる資格を証する書面
  • 実務修習を修了したことを証する書面
  • 勤務証明書(事務所経営者は不要)
  • 誓約書
  • 身分証明書
  • 履歴書

これらの書類のうち、「弁理士となる資格を証明する書面」は、弁理士となる資格を取得したパターンごとに異なります。具体的には、次の書面になります。

  • 弁理士試験合格の場合:工業所有権審議会会長の発行する合格証書のコピー、または特許庁長官の発行する合格証明書
  • 弁護士となる資格を有する場合:司法修習を修了したことを証する書面のコピーが必須、所属弁護士会の登録証明書は任意
  • 特許庁において7年以上審査官、または審判官として職務に従事した場合: 特許庁長官の発行する証明書

登録時にかかる費用は、上述の登録免許税を含めて、以下の3つです。

  • 登録免許税 60,000円
  • 登録料   35,800円
  • 月会費   15,000円

従いまして、登録時にかかる費用は、合計で110,800円となります。

なおこれらの費用も、実務修習の費用と同様に、勤務先(とりわけ特許事務所)によっては一部を負担してくれる場合があるので、費用について勤務先に確認することをおすすめします。

就職先を探す

弁理士登録をきっかけとして、特許事務所や企業の知財部への就職を検討している方もいると思います。

特許事務所への就職、なかでも大規模の特許事務所においては、弁理士登録をした方を対象とした事務所説明会などもあります。この事務所説明会は、特に20~30代の実務経験の少ない方にとっては、就職への大きなチャンスとなります。

一方で、企業への就職については、弁理士登録が有利に働くことは少ないです。

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